脈波解析の基礎的理解

宮下 洋1,2
1自治医科大学 健診センター, 2同医学部 循環器内科学部門

【背景・目的】

四半世紀にわたり一貫して脈波波形解析をテーマに行ってきた研究から得られた自分なりの結論は次の2点に集約されると考えている:

  1. 脈波解析結果の解釈や臨床応用の可能性を考える上で、脈波とその伝播という物理的現象および生体の調節系に関する基礎的理解が重要である。
  2. 脈波解析は、脈波を生体情報のcarrier、biosignalとして理解し、ここから目的とする生体情報を抽出することに相当する。

本発表では、このような視点から脈波解析を見直し、展望することを目的とする。

【概要】

動脈系は左室駆出血流波形を入力、大動脈圧波形を出力とする線形システムと見做すことができ、その入出力関係(システム関数 = Aortic input impedance, Zin)は、全身動脈系の特性全体を表している。日常臨床上その評価に必要な血圧波形と同部位・同時測定の血流波形を非侵襲的に測定できる十分な精度のflow deviceが存在しない。それで特定のimpedance parameter (Characteristic impedance = Stiffness・Resistance・Compliance・Reflection)の推定・評価を目的に、システム出力に相当する動脈圧脈波波形のみの脈波解析が行われるが、その結果は血流波形情報(システム入力)が未知なため入力~システム特性に影響するあらゆる情報を含むと考えられる。これは血管特性のシステム同定としては不完全であることを示すと同時に、工夫次第で脈波波形が含む多くの生体情報を抽出・利用し、多様な応用が期待できることを示唆する。

この圧波形(脈波)の末梢への伝播特性は、近位・遠位の圧波形を入出力とするシステム関数 = Pressure transfer function (PTF)であり、中心血圧波形情報は伝導血管ではほぼ損失なく末梢に伝播することが示される。脈波速度(= Stiffness)は伝播距離で標準化したPTF位相遅れの逆数に相当し、波形解析とは異なり、部分的ながら対象動脈血管のシステム同定の形となっている。動脈特性は血圧レベル(伸展圧)や循環調節系により大きく影響されるが、それらの情報を抽出することで関連する生体情報や病態の評価に応用できる可能性を示唆する。

【結語・展望】

脈波は循環系に影響する生体現象のあらゆる情報を含み、しかも非侵襲的にモニター可能なBiosignalである。波形解析は必要な情報の抽出や評価方法を工夫することで様々な応用可能性を秘めている。また、その伝播解析は血管特性情報を抽出することに相当する。今後これらの解析とその科学的理解を基礎に、近年進歩が著しいセンサー技術やAI (=人工知能)を含むテクノロジーを適切に利用することで、血圧脈波波形からより多くの生体情報を客観的に抽出し、新たな生理学的意義や病態との関連の発見に繋がる可能性が期待できる。